ナウなヤングにバカウケしたいなあ。

自由故に孤独を愛し、孤独故に自由を欲す(猫侍)。スカイプIDはsuhubu1

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

漂うハード PS語り

レトロゲーム…それは一口に言っても多岐に渡る。ある人はFCと答え。またある人はSFCとも答える。まさにその答えは千差万別。と言っても概ね出てくる答えは決まっているのだが。
だが、私は今までその中でPS1といふ答えを聞いたことが無い。なぜだろう?もはや全国域で棚が消滅しつつあるのでは、と疑う余地の無いPS1。半ば消え逝く幻想にすら思えてくるが…個人的には。
まぁ考えてみれば、PSストアからアーカイブス作品はダウンロードできるし、何より現行機(PS3orPS2)で微小な不具合が起こりうるものの、大概は不自由なくプレイできる。
ほぅ、じゃあ現役なの? と聞かれたらそれはどうだろうか。試しに周囲の人に訊いてみよう。「最近PS1のソフトやった?」と。私のように入れ込んでいるタイプは別として、多くの人はまず触っていないじゃないだろうか。もし触っていたとしても割とメジャーなアーカイブス作品をダウンロードしたもので遊んでいるのではなかろうか。
レトロにもなれず現行機にもあらず、まさに宙に浮く存在だ。否、ハードだ。
この何とも言えないポジションにはまだまだ入り込める奥行きがある。まだまだその存在を認知されないソフトも多い。例えばロードオブモンスターズなどは私から言わせれば、より多くの人が遊ぶべきだったと思う傑作だ。戦略、アクション、収集要素。この3つが組み合って真に見事なハーモニー。もっと知れていればきっとシリーズ化して今頃はネット対戦も出来たろうに(元はネットゲームだったがPS1.Verではゲームシステムがまるで違うし、私はPS1の方でネット対戦がしたいのだ)。これだけに収まらずまだまだ埋もれたソフトが存在している。だからこそ私はこのPS1にのめり込んでいるのだ。

結局のところアーカイブスに存在する作品たちは何かしら版権の取れた連中ばかりだが、PS1の時代はそれまでの時代が戦国時代なら、新たに始まった大航海時代とも言うべき第二のビックウェーブがキていたのだ。それだけに数作出して消滅したというような会社もあったりするし、大手からキャラゲーなどが出ていたこともある(ある意味、当たり前)。前者も後者も今となっては版権の行き方が知れずになったり、版権で揉めている作品もまたあるのだ。前者はわりとハムス●ーやエ○シングなどが版権を握っていたりするので操作系統などに引っかかる点が無ければラインナップに入りやすいが、後者なんかは最近ようやくウインキー時代のスパロボがラインナップに入り始めたくらいだろう。しかも他作品に比べて高かったりと、何か版権モノへの臭いを放っているようにすら見える(少し言いすぎ)。
そういった作品たちの中でやりたいソフトが手近なアーカイブスに無いと実機で遊ぶ選択になるわけだが、やりたいソフトが中々に見つからない場合、ネットで手に入れるという方法があるというものだ(ゲーム店やリサイクルショップや古本屋を虱潰しに当たるという方法もあるが、よっぽど時間がある、若しくは私みたいにくだらんことを長時間続けることに苦痛を感じない、寧ろ楽しんで取り組める方でなければお勧めしません)。が、ネットで相場を見てみたりするとピンキリだ。1円から1万越えまでその差は激しい。欲しい作品のお値段が高い場合、アーカイブス化を待つという手もあるが、自分の欲しい作品がラインナップ入りするとは限らない。まぁ大概は簡単に入手できるのだが。

PS1はその作品のヴィジュアルの流れを見てみると実に面白い。ポリゴンに特化していたハードだけあってポリゴン物が多いかと思わせつつ(多いが)、2Dもまた多い。2つのブィジュアルが互い其々に荒削りの形から一つの到達点に至るまでに進化している。このことは同時期のセガサターンにも当てはまるが、PS1で養われたブィジュアルは後続の2や3に受け継がれていくのだ。やはりその当時だけでなくその後と見比べてみることは、後続ハードが続いたPSシリーズは変遷を楽しむのにうってつけだ。

なによりも、そのソフトのラインナップの奇抜さだ。同時期のセガサターンと比べると奇抜さの点で押し負けしているとかはよく聞くが、なかなかどうして。セガサターンのソレとはまた違った奇抜さで溢れ返っている。2D VS 3Dの狂気の格ゲー「ツインゴッデス」。プラモをPS本体に繋げてプレイする夢の2万円ロボットゲー「ZXE-D」。言わずともがな有名な、不安定なポリゴン世界を歩き回る探検(?)ゲー「LSD」…これらのような奇抜の星がチラついているのに(全然出し足りていないが)、これでいてPSの方が奇抜さが無いとは笑わせる。PS1はメジャーばかりのブロードウェイみたいな場所ではない。寧ろ奇抜な見世物ゲームの方がよっぽど多く感じる。この辺の奇抜さの違いは、何れセガサターンにも触れて考えてみたいところだ。

と、プレイステーションについて漠然と感じていることをまとめたわけさ。
はようマンガを進めねば……
スポンサーサイト
  1. 2011/09/21(水) 02:33:34|
  2. レビュー
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

帝國の復活者


●名前 零式葬手
●身長 190cm
●体重 180kg
●製造年 原型・1945年 完成・1954年
●所属 悪
●第二次大戦末期に日本が製作していた決戦兵器。終戦後に小型原子炉2基を腹部に装備して完成した。全身は特殊軟鉄を強硬化薬でコーティングしてある。武器は原子炉のエネルギーを使って放つ貫手。その一撃は戦車500台分の重みと、厚さ80cmのコンクリート壁80枚を貫くほどの鋭さを兼ね備える。また、腹部の原子炉を露出させて内部熱を一気に放出する「原子炎」も強力な武器だ。その熱量は富士樹海一帯を焼け野原にしてもお釣りが出るほどだ。そしてなにより、仮に葬手が破壊されたとして、原子炉が暴走を起こした場合、周囲一帯、そして対立する者、居合わせた者は漏れなく放射能のダメージを負うことになるだろう…
===
第二世界大戦末期、日本軍は戦局を逆転させるべく秘密裏に超人兵器を製作していた。しかし、兵器自体を動かす動力源は、従来のエンジンなどでは出力が足りず、それに伴って人間の着用に耐えうる動力源でなければならない。その動力源を開発している間に終戦を迎えてしまった。
だが、この兵器はその存在を表に出すことなく、旧日本軍の強硬派によって隠蔽され続けた。そして数年の後、ナチスの残党との協力により開発された小型原子炉を2基装備。さらに、最新式のコンピューターを内臓したことで、無人で自律行動を取る兵器となった。
動力と自律を得て、零式葬手は完成した。
その目的は大日本帝國の復活。
葬手は現在、旧日本軍の残党を率いて秘密部隊「日輪隊」を結成し、大日本帝國の復活を目論んでいるのだ…
===

ブラックオックスを考えていたら強化外骨格になってしまった…
まぁいいんじゃなかろうか…
  1. 2011/09/04(日) 23:34:30|
  2. オリジナル
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。