ナウなヤングにバカウケしたいなあ。

自由故に孤独を愛し、孤独故に自由を欲す(猫侍)。スカイプIDはsuhubu1

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

セロ弾きのゴーシュ(アニメ) について

いやー劇場で見れたのは本当に素晴らしかった…!
以前から観たかってけれども、妙にDVDは高いしブルーレイなどという高尚なものァ我輩持ち合わせておらぬ故、シネマルナティックで上映されたのは全くの好機というものよ。


STORY…と言いたい所だが、こんなところで言わんでも原作は皆が知っているだろうし、書かない。


観ているうちに思ったのが「何か違うな…」という違和感であった。
いや決して悪い違和感ではなく、寧ろ「どうなるかな?」と期待を抱かせる違和感であった。
幻想的な世界で動物と人間の織り成す牧歌的な物語を、後々ジブリ作品に大きく関わるメンバー達が作るのだ。
それァもうジブリ作品の十八番だ。登場人物や動物たちが活き活き元気にと動き回ってくれるだろう。
うん確かに活き活きと動き回っていた。主人公以外は。ここが違和感だった。
ジブリ作品を思い返すと、主人公達が皆、出生に関わらず活き活きと動き回る。
そこがどうして、本作の主役のゴーシュは原作どうり滅法内気で、如何せん曲に表情を出せない。友人も居ないと来たもんだ。
この辺がジブリ作品の主人公としては変わっていて、それがジブリのデザインの本作の中では浮いた存在だ。

そんな彼が出会うジブリな動きをしてくれる表情豊な動物達。初めこそ嫌々だった動物達との毎夜の触れ合いをゴーシュは徐々に受け入れ、段々と自分の表情というものを出していく。そしてゴーシュは、自分の表情を出した演奏で、楽団の楽長や仲間達、観客達を感心させる。
その演奏会の打ち上げの帰り道、夕焼けに飛ぶカッコウを眺めながら「ああかっこう。あのときはすまなかったなあ。おれは怒ったんじゃなかったんだ。」とゴーシュは言う。
この一連の流れが忠実な原作の台詞を踏まえて、ジブリ美術で味付けされ、本作は芸術家としてではなく一人の青年としてのゴーシュの成長譚として仕上がっており、見終わった後に心の中がスッとする佳作となっている。

あまり日の当たらないジブリ作品なのだけれど、決して捨てられない一品だ。
子だぬきは可愛らしいし、あの猫は欲しいし、原作にあるインドの虎狩りや愉快な馬車屋を音楽として聴けるので、是非見て欲しい一品。見よう。

セロ弾きのゴーシュ [DVD]セロ弾きのゴーシュ [DVD]
(2006/07/07)
不明

商品詳細を見る
スポンサーサイト
  1. 2012/06/04(月) 22:17:48|
  2. レビュー
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<和平的解決を目指して | ホーム | 第36話「撃て亮二!哀しき友への葬送曲」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://bosinari.blog71.fc2.com/tb.php/114-b7751785
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。